@phdthesis{oai:sucra.repo.nii.ac.jp:00018835, author = {神尾, 真次}, month = {}, note = {xii, 173p, 1. 問題意識と研究目的 2014年欧州旅行産業界に衝撃が走った。パッケージ・ツアーの造成や販売など、総合的に旅行事業を運営する主要旅行企業による選択と集中に基づく大胆な戦略の発表であった。具体的にはドイツに本社を置くTUI社(TUI Aktiengesellschaft)によるアウトバウンド事業への集中と、スイスに本社を置くクオニ社(Kuoni Travel Holding Ltd)によるインバウンド事業特化に伴うアウトバウンド事業の売却である。TUI社においてはパッケージ・ツアー造成・販売事業をコア事業と位置づけ、その差別化こそが価値の源泉であり今後独自のホテルやクルーズ船の購入により垂直統合をさらに強化する。一方クオニ社は、世界の旅行企業に旅行目的地(デスティネーション)における手配サービスを提供するインバウンド事業をコア事業と位置づけ、会社の起源であり 100 年を超える歴史を有するスイスでのパッケージ・ツアー造成事業を含め、全てのアウトバウンド事業を売却する決断を下したのである。 両者の意思決定は突発的なものであろうか。1650年にはビューロー・ダドレス・エ・ド・ランコントルなる旅行企業のはしりがパリに存在した。その後1841年、トーマス・クック氏(1808~92年)が鉄道旅行を実施、イギリス留学中にトーマス・クック社に影響を受けたアルフレッド・クオニ氏が、1906 年に旅行企業クオニ社をスイスで設立した。また近年ではTUI社が、1997年に経済発展に伴う旅行産業の成長を見越して従来の石炭・鉄鋼業から旅行業に転換したことや、旅行先進国であるドイツ・イギリスに留まらず欧州域内での事業拡大など、旅行産業史においても幾度となく大きな変化があった。 ついては、今回の大きな変化を好機と捉え、今一度欧州における旅行産業史を振り返ることで、環境変化に伴い旅行企業が講じた対策とその背景にある経営戦略を分析し、実態を把握することとしたい。その上で当論文では旅行産業の発展過程でM&Aが活用されていた背景を踏まえ、M&Aとその背景にある経営戦略の全容を明らかにし、欧州旅行産業におけるM&Aの特徴を導出することを目的とした。 2. 研究の重要性と手法 日本において観光立国が叫ばれて久しいが、観光マーケティング等の観光論について多く研究されていても、ツーリズム産業の中核を担う旅行企業による経営戦略についての研究は限定的である。更に欧州旅行企業についての研究となると極めて希少である。著書パッケージ観光論の中でパッケージ・ツアーの研究を通じて日本と英国の比較を行った玉村(2003)。旅行企業の国際化と経営戦略を民族特性との関係について論じた今西(2011)。更には観光・旅行・航空の日英比較を通じて旅行ビジネスの本質を研究した小林(2007)などである。いずれも欧州における旅行業の経営や商品について様々な角度から論じており、欧州の旅行業界において盛んにM&Aが活用された経緯から、M&Aの概要についても触れられている。しかしながらその記述は現象面に留ま っておりM&Aの詳細な分析には及んでいない。同様に欧州での研究においても、パッケージ・ツアーやツアー・オペレーターの研究は多く実施されているが、M&Aに関するものは、ディットマン他(2008)による研究が、本論文のテーマである戦略とM&Aに近いが、実際はTUI社の戦略とM&A実施の是非について分析したもので視点が異なる。その他検索されたものはバイウ ォーター(2001)によるパッケージ・ツアーの流通支配の観点からツアー・オペレーターの所有関係について分析したものなど限定的であり、欧州旅行企業の発展にM&Aが大いに活用されているにも関わらず、旅行企業の戦略とM&Aの関係性については殆ど研究されていないのが現状である。 またM&A研究についても、経営学的視点からM&Aの動機や戦略的特徴、そしてどのようなタイプのM&Aが価値創出する傾向にあるかなどの戦略的視点に基づく研究や、期待した効果を実現する為のマネージメント上の課題など組織的視点に基づく研究が主である。残念ながらその対象の多くは製造業をベースに研究されており、旅行業についての研究は限定的である。 ついては、欧州では旅行産業の発展にM&Aが積極的に活用されていた事実を鑑み、観光立国の主役となるべく旅行企業の経営戦略及び経営戦略を実行する上でのM&Aの特徴を、先進地域である欧州での史実に基づき明らかにすることは、先進的かつ極めて意義のあるものだと考える。 3. 論文の構成 本研究では資料・文献研究に基づき分析を進め、序章、終章を含め6つの章に整理した。序章は問題意識、研究の目的、問題意識など研究の背景だけでなく、旅行企業やM&Aの先行研究に基づく予備的考察について触れることとする。実際旅行企業の戦略とM&Aに関する研究が多くないことから、旅行産業におけるM&Aを分類する上で適切なフレームワークを先行研究に基づき構築した。 そして第1章では欧州におけるツーリズム産業の歴史を振り返り、トーマス・クック氏による近代旅行業の始まりから 1998 年迄の旅行業の変遷を追う事で、近代旅行業の成り立ちと旅行業大再編につながる歴史を紐解き、その上でこの時期のM&Aの特徴を論じた。旅行事業の確立後、迅速な事業拡大を目指して早くからM&Aを活用した。クオニ社による活用方は市場拡大型戦略と製品拡張型戦略に基づくものが主流であり、旅行事業のグローバル化及び旅行関連事業への事業領域の拡大を目的にM&Aを実施した。一方でTUI社は事業ポートフォリオの変革とツーリズム事業への進出という2つの目的を達成させる手段としてM&Aを活用したのである。 次に第2章・第3章では、本論文が注目する1999年から2008年までの外国資本による業界大再編が英国旅行市場で起こった事、英国市場では他市場に先駆け垂直統合型ツアー・オペレータ ー・モデルが構築されていたことから、英国市場の史実について論じた。第2章では英国市場の小史とその中で行われたM&A、特にTUI社によって買収されることとなるトムソン社の活発なM&Aについて論じ、その上で第3章では英国旅行市場大再編の代表的なM&A事例における意思決定の背景及び今後の戦略に与える影響を分析した。この時期をM&Aの観点から論じると、戦略アプローチでは垂直型戦略に伴い、ツアー・オペレーターが航空企業、トラベル・エージェジェントを買収し、経営・組織の統合を行った。その後水平型戦略に基づき垂直統合された企業が、同様に垂直統合した企業を買収し規模の経済性を追求したのである。 更に第4章では業界再編後の2008年~14年の期間にフォーカスし、TUI社及びクオニ社の経営戦略とM&Aについての分析を深めた。この時期の特徴は、大型買収後のPMIと戦略を完成させる為の補完的なM&Aの実施であった。しかしながら実際は、補完的なM&Aに留まらず両社は新たな戦略に基づき複数のM&Aを実施するのである。ついては第 3 章で実施されたM&AのPMI的側面と、新たなM&Aの特徴を中心に分析することとした。 この時期の欧州旅行産業におけるキーワードは環境の不確実性、消費者ニーズの変化に伴うM&Aの変化であった。これらの変化により画一的な商品を効率的に提供するビジネスモデルに依存することへの危機感が高まった。この結果、旅行産業におけるM&Aも規模の経済性を追求した大規模な水平型M&A戦略から、幅広い顧客ニーズに対応すべく、製品拡張型M&A戦略に変化したのである。 最後に第 5 章では欧州伝統的旅行企業の新たな戦いと生き残り策について纏めた。新たな環境変化への対応である。ITの進展による情報の非対称性の消失や、オンライントラベル・エージェント (OTA) とローコストキャリア(LCC)の台頭と競争の激化である。LCCは従来都市間移動を主に担っていたが、リゾートエリアへの就航を活発化させ、OTAは個人による海外ホテル手配の心理的障壁を破壊した。より分かりやすいサイト構成、予約のみならずキャンセル等変更の容易化が、消費者を個人旅行に駆り立てた。これらの現象が相俟って、ツアー・オペレーターが存亡の危機に直面した。その結果、TUI社は垂直統合型ビジネスモデルに特化した戦略を、クオニ社はインバウンド事業に特化した戦略を実施したのである。その後TUI社がダイベストメントしたインバウンド事業が、プライベート・エクイティ・ファンドによるクオニ社の非上場化につながったのは皮肉であった。英国市場における大再編期にその主導権を巡って火花を散らしたTUI社とクオニ社であるが、大きく異なる末路を辿る事となった。 4. 導出された欧州旅行企業のM&Aと経営戦略の特徴 終章ではTUI社とクオニ社共通の行動が大胆な戦略策定と戦略実現の手段としてのM&A実行であったことから、旅行産業の誕生から現在に至迄の時期ごとのM&Aの特徴を分析し、欧州旅行産業におけるM&Aを論じた。欧州旅行企業のM&Aの特徴は、戦略アプローチの観点では垂直から水平に連続的に展開したこと、規模が範囲の経済追求に勝ったこと、単発から連続に進化したことであろう。特に結果的に複数の企業を買収したのではなく、戦略目標を達成するための手段として連続でM&Aを実行したことは特筆すべき点であった。そして統合アプローチの観点からは、短期的には非統合が優先されるが、長期的には統合を目指すことも新たな発見である。つまり統合には時間をかけて慎重に進めることこそが旅行企業ならではの特徴ではないかと考える。 また経営戦略とM&Aの関係については、M&Aは経営目標を達成する為の手段として捉えられていたが、ファースト・チョイス社のM&Aを通して、M&Aの成否が経営戦略に大きく影響を与えたのは新たな事実であった。M&Aは単なる経営目標を達成する手段ではなく、経営戦略を根本から変化させる影響力を持つ事象であり、その巧拙が将来の会社の存亡を分ける可能性も秘めているのである。 日本では旅行産業におけるM&Aは極めて限定的であり旅行産業とM&Aの関係性が連想しづらいのが現状であるが、欧州においてはM&Aが積極的に活用されていた。その数もさることながら、英国市場の大再編期においてはそのスケールも非常に大規模であった。背景には旅行産業の特徴がある。旅行産業においては形の見えないサービスを商品として扱っていることからグリ ーンフィールドからの事業展開は難しく、海外進出にあたってはまずは足がかりとなる企業を買収しその後様々な施策を講じる事でグローバル展開を推進したのである。スクラッチからの展開同様M&Aの難易度も高いのは事実であるが、果敢に挑戦したのが欧州旅行産業の特徴であった。, 序 章 問題の所在と予備的考察 1 第1節 論文の主題と構成 1 1. 問題意識 2. 研究の意図するところ 3. 論文の構成 第2節 旅行企業の予備的考察 4 1. 旅行ビジネスの基本的構造 2. 日本と欧州の主要市場である英国の旅行ビジネスの相違点 3. 当研究で特に注目する領域と言葉の定義 第3節 経営戦略の実行手段としてのM&A 8 1. M&Aとは 2. M&Aに関する先行研究 3. 旅行産業に合致したM&Aの類型化 第1章 欧州旅行産業小史 ~旅行業の誕生から欧州旅行業大再編前まで~ 18 第1節 トーマス・クック氏による近代旅行業の始まり 18 1. 団体旅行の誕生 2. パッケージ・ツアーの誕生 3. 事業ドメインの拡大 4. グローバル戦略による市場の拡大 5. 垂直統合型ツアー・オペレーター・モデルによる差別化 6. 第1節のまとめ 第2節 アルフレッド・クオニ氏によるスイスから発展した旅行事業 23 1. クオニ社の創業と2 度の世界大戦による混乱 2. 戦後復興に伴う事業基盤の再構築と成長 3. コア事業の持続的成長と事業ドメインの拡大 4. 株主構成の変更と戦略の足固め 5. 第2節のまとめ 第3節 インフラ産業から輝くビーチへ【TUI社小史】 35 1. 資本集約型産業としての地位の確立 2. 事業改革の序章(1994 年~1995 年) 3. 事業の転換期(1997 年~) 4. 第3節のまとめ 小 括 40 1. 旅行事業のビジネスモデルの進化と確立 2. 1990 年代までのTUI社、クオニ社によるM&Aの活用方 第2章 英国旅行産業小史 ~垂直統合型ツアー・オペレーター・モデルの誕生から水平統合まで~42 第1節 英国旅行市場と旅行業界の概要 42 1. 英国人とホリデー 2. 英国の旅行業界概要 第2節 英国パッケージ・ツアー市場の変遷とM&A 45 1. 揺籃期(1940 年代後半~50 年代) 2. 中間期(1960 年代~70 年代後半) 3. 成長期(1970 年代後半~90 年代前半) 4. 成熟期(1990 年代後半以降) 小括 50 第3章 英国市場を舞台とした欧州旅行業界の大再編【1999年~2008年】 51 第1節 クオニ社によるファースト・チョイス社M&A計画と エア・ツアーズ社による敵対的買収 53 1. クオニ社によるファースト・チョイス社のM&A計画概要 2. 欧州経済共同体(EEC)による評価と結論 3. 競合者の出現 エア・ツアーズ社による敵対的買収 4. 欧州経済共同体によるエア・ツアーズ社と ファースト・チョイス社統合の差し止め 第2節 TUI社のトムソン・トラベル・グループ社買収 62 1. TUI社のトムソン・トラベル・グループ社買収の概要 2. TUI社の戦略 3. 欧州経済共同体(EEC)による許可 第3節 エア・ツアーズ社とトーマス・クック社の統合 66 1. エア・ツアーズ社とトーマス・クック社の統合概要 2. 欧州経済共同体による市場環境認識とM&A実施可否の判断 第4節 クオニ社のファースト・チョイス社買収交渉からの撤退と TUI社による実行 69 1. ファースト・チョイス社を取巻く環境 2. クオニ社の撤退 3. TUI社によるファースト・チョイス社の買収 4. TUI社によるファースト・チョイス社の買収手法と経済的効果 小 括 77 第4章 業界大再編後のPMIと環境変化に伴う新たなM&A【2008年~2014年】80 第1節 2008年当時のTUI社の現状 81 1. TUI社の概要 2. ツーリズム事業部門 3. 海運事業部門 第2節 ファースト・チョイス社買収後の旅行事業部門であるTUIトラベル社 85 1. 旅行事業部門を運営するTUIトラベル社の概要と戦略 2. 各部門の事業戦略 3. TUIトラベル社の経営体制 第3節 業界再編後のTUI社のM&Aとダイベストメント 95 1. ツーリズム事業戦略を加速させるためのM&A実施 2. TUI社のダイベストメント 第4節 クオニ社のメガ旅行企業との差別化戦略 100 1. 2008 年当時のクオニ社の現状 2. クオニ社のビジョンと経営戦略 3. 戦略を実行する組織体制 4. 事業別のブランドと強化策 5. 事業を支えるプラットホーム機能強化と企業イメージの向上 第5節 2008 年~14 年のクオニ社のM&A 113 1. 2008 年~14 年までのM&A実施概要 2. 新興国市場戦略に基づく中国市場への進出を狙った ET-CHINA社への出資 3. インバウンド事業の高度化を狙ったガリバー・トラベル社への出資 第6節 ガリバー・トラベル社買収後のPMI 119 1. 組織統合 2. ブランド戦略 3. ガリバー・トラベル社買収後の事業ポートフォリオ 小 括 121 第5章 欧州伝統的旅行企業の新たな戦いと生き残り策【2015 年~】 124 第1節 TUI社によるPMIの総括(TUI社とTUIトラベル社の統合)125 1. 新たなコンペティターとの戦い 2. 統合計画 3. ブランド戦略 第2節 クオニ社によるインバウンド事業への特化とアウトバウンド事業売却 132 1. 売却対象となったアウトバウンド事業 2. コア事業としてのインバウンド事業 3. 経営体制 第3節 クオニ社の非上場化とTUI社ノンコア事業の統合計画 135 1. クオニ社によるEQT社からの出資受入 2. EQT社によるホテルベッズグループ買収計画 第4節 プライベート・エクイティ・ファンドによる業界再編 139 1. B2B オンライン事業者の事業環境 2. ホテルベッズグループの状況 小 括 143 終 章 144 第1節 旅行産業を取巻く環境変化とその対応 144 1. 交通機関の発展による交通環境変化への対応 2. 社会環境の変化への対応 3. IT等情報技術の発展による変化への対応 第2節 欧州旅行企業が実施したM&Aの特徴 -戦略アプローチからの考察- 148 1. 戦略アプローチから見た欧州旅行企業によるM&Aの変遷 2. 戦略アプローチ上の特徴 3. 戦略アプローチからのインプリケーション 第3節 欧州旅行企業が実施したM&Aの特徴 -統合アプローチからの考察- 153 1. 統合アプローチから見た欧州旅行企業によるM&A 2. 統合アプローチ上の個別統合の特徴 3. 統合アプローチからのインプリケーション 第4節 TUI社とクオニ社の比較 157 1. TUI社とクオニ社の旅行事業に関わる業績推移 2. M&Aと戦略 3. TUI社とクオニ社の比較からのインプリケーション おわりに 161, 指導教員 : 井原基, text, application/pdf}, school = {埼玉大学}, title = {欧州主要旅行企業の経営戦略とM&A : 欧州旅行産業史からの考察}, year = {2019}, yomi = {カミオ, シンジ} }